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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)4205号 判決

主文

一  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二  被告(反訴原告)と原告(反訴被告)との間において、被告(反訴原告)が別紙物件目録一記載の土地につき、非堅固建物の所有を目的とし、期間を平成二九年一一月三〇日までとし、賃料月額を三万円とする借地権を有することを確認する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じて全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告(反訴原告。以下「被告」という。)は、原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し、別紙物件目録一記載の土地から同目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明渡せ。

2  被告は、原告に対し、訴状送達の日の翌日から右土地明渡に至るまで月三万円の割合による金員を支払え。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文一項同旨。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  主文二項同旨。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  原告は、被告に対し、昭和六二年一二月八日、その所有する別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸期間二年間、賃料月額二万円の約定で貸し渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

2  原告と被告は、本件賃貸借契約をその後二度更新し、平成三年一二月二六日、賃料を月額三万円と改定した。

3  被告は、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を本件土地上に所有している。

4(1)  本件賃貸借契約は、平成五年一一月末日期間満了により終了した。

(2) 原告と被告は、平成五年一二月初旬、本件賃貸借契約を合意解約した。

5  本件土地の賃料相当額は、月額三万円を下らない。

よって、原告は、被告に対し、賃貸借契約終了に基づき本件建物の収去と本件土地明渡並びに訴状送達の日の翌日(平成六年十二月七日)から右明渡に至るまで月三万円の割合による金員の支払いを求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、本件賃貸借契約締結の事実は認める。ただし、二年間は賃料額の見直し時期を定めたものにすぎない。

2  同2の事実中、賃料額の改定の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4(1)及び同(2)の各事実は否認する。

5  同5の事実は不知。

三  抗弁

1  (借地権)

原告と被告は、本件賃貸借契約において、建物の所有を目的とすることを合意した。

2  (錯誤)

(1) 被告代表者は、平成五年一二月ころ、本件賃貸借契約について一時使用の借地権を設定したものと誤信していた。

(2) 被告代表者は、原告に対し、そのころ、契約期間が終了したので本件土地を平成六年五月末日までに明け渡す旨の書面に押印させられてしまった。

したがって、被告代表者の意思表示は、錯誤に基づく無効のものである。

3  (権利濫用)

(1) 被告は、本件賃貸借契約成立後、本件土地に本件建物を建てて、同建物に本店事務所を移し、以来本件建物を水道工事業の唯一の本拠としてきた。被告は被告代表者の個人営業に等しい零細企業であり、もし、本件土地を明け渡さなければならないとすれば、被告の営業は直ちに閉鎖に追い込まれる。また、横浜市指定水道工事事業者の指定の更新も困難になる。

(2) 原告は、被告が本件建物を水道工事業の本拠とすることに明示の承諾を与えた。

(3) 本件建物は、亜鉛メッキ鋼板葺の通常の木造二階建建物であり、その建築には数百万円を要した。

(4) 被告は、過去八年間にわたり賃借人としての義務を誠実に果たしてきた。

(5) 被告が本件土地の明渡を求める特段の理由はない。

(6) 被告は、原告が本件土地の明け渡し交渉を委任した訴外松井豊秋が、本件賃貸借契約が一時使用目的のものであると誤信したうえ、これを理由として本件土地の明け渡しを迫ったため、訴外松井の言を信じて明渡承諾の意思表示をなしたものである。

右の事情に照らせば、原告の明渡請求権の行使は権利の濫用にあたり許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2(1)  同2(1)の事実は否認する。

(2) 同2(2)の事実は認める。

3  同3は、争う。

五  再抗弁(一時使用)

本件賃貸借契約は、被告において本件土地に仮設物であるブロック基礎の事務所に限って建築することを認める約定で締結され、権利金等の授受もなく、賃料も比較的高額に定められていた。したがって、本件土地の賃貸借は、一時使用のために借地権を設定したものである。

六  再抗弁に対する認否

ブロック基礎の事務所に限って建築することの約定があったこと、権利金等の授受がなかったことは認め、その余の事実は否認する。

七  反訴請求原因

1  原告と被告は、昭和六二年一二月一日、本件土地を建物所有目的で賃貸する旨合意した。賃料はその後逐次増額され、現在月額三万円である。

2  被告は、昭和六三年三月五日本件建物を建てた。

3  原告は、訴外松井豊秋に本件土地明け渡し交渉を委任し、訴外松井は、被告に対し、平成五年一〇月頃から、本件土地の明け渡しを請求した。

4  被告代表者は、右訴外松井の言により本件賃貸借契約が一時使用目的のものであると誤信し、原告と被告代表者は、平成五年一二月下旬、被告が平成六年五月末までに本件土地を明け渡す旨合意した。

5  しかるに、原告は被告の本件土地上の借地権を争っている。

よって、被告は、原告との間において、被告が本件土地につき、非堅固建物の所有を目的とし、期間を平成二九年一一月三〇日までとし、賃料月額を三万円とする借地権を有することの確認を求める。

八  反訴請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、現在の賃料が月額三万円であることを認め、その余は否認する。

2  同2の事実中、被告が本件土地上に本件建物を建築したことは認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実のうち、原告と被告代表者が平成五年一二月、被告が平成六年五月末日までに本件土地を明け渡す旨合意したことを認め、その余は争う。

5  同5は認める。

九  反訴請求原因に対する抗弁

前記五再抗弁記載のとおりであるから、これをここに引用する。

十  右抗弁に対する認否

前記六再抗弁に対する認否記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三  証拠

一  原告

1  甲第一ないし三号証

2  証人松井豊秋、原告本人

3  乙第一〇号証が被告代表者撮影の平成七年四月初旬当時の本件建物の写真であることは認め、乙第一一号証の一、二の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一ないし五号証、第六号証の一、二、第七ないし九号証、第一〇号証(平成七年四月初旬当時の本件建物の写真である。)、第一一号証の一、二、第一二ないし一五号証

2  被告代表者

3  甲号各証の成立を認める。

理由

一  本訴請求原因について

1  請求原因1ないし3の各事実は、当事者間にほぼ争いがなく、その余の事実も弁論の全趣旨によればこれを認めることができる。

2  同4(1)の事実は、原告本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第三号証によればこれを認めることができる。

3  同4(2)の事実は、右甲第三号証によればこれを認めることができる。

4  同5の事実について、平成六年五月現在の賃料が月額三万円であることは当事者間に争いがないことから、本件土地の賃料相当額は月額三万円を下回らないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  抗弁1(借地権)について

1  成立に争いのない甲第二号証、乙第一ないし第四号証、第六号証の一、二、第七号証並びに原告本人及び被告代表者の各尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1)  被告代表者は、昭和五九年七月当時、個人で水道工事業を営んでおり、同月二〇日、原告との間で、その営業用の自動車置場を目的として、本件土地につき、賃貸借契約を締結した。右賃貸借契約はその後更新され、原告と被告代表者は、昭和六一年七月二二日、同年七月二〇日以降の賃料を月額一万一〇〇〇円とする旨合意した。

(2)  被告代表者は、昭和六二年九月三〇日、それまでの個人経営から会社組織に改めることにし、被告を設立し、その代表取締役に就任した。被告は、本件土地に本店事務所を建てることにし、被告代表者が原告と協議した。その結果、原告と被告代表者は、同年一二月八日、賃借人を被告、建物所有目的、賃貸期間を同月一日から二年間、賃料を月額二万円にする旨合意した。

(3)  右賃貸借契約締結の際、原告は被告代表者から、本件土地を水道工事事業の事務所用地とすること、横浜市の指定水道業者の指定を受けるためであること、そのために備えるべき建物の規模、設備(事務所の床面積六坪、倉庫の床面積六坪)の説明を受け、その旨了解し、農協職員の用意した土地一時使用賃貸借契約書を利用し、目的を「仮設事務所用地(但ブロック基礎とする)」と記載して、契約書(乙第二号証)が作成された。

(4)  被告は、右契約締結後本件建物の建築確認を申請した。右建築確認申請にあたり、被告代表者は原告に「土地使用承諾書」の交付を求め、原告は、被告に対し、昭和六二年一二月一三日、「本件土地を被告の建築敷地として使用することを承諾する」旨の「土地使用承諾書」(乙第六号証の二)を交付している。

(5)  本件建物は、昭和六三年三月五日新築として同月二四日保存登記された。

(6)  本件賃貸借契約は、その後二度更新され、前記同様の記載のなされた契約書(乙第三、第四号証)が作成された。

2  右の各事実、とくに、原告自身、被告が営む水道工事業の本店事務所用の建物が建築されることは了解していたことからすれば、本件賃貸借契約は、建物所有を目的とするものと認めることができるのは明らかである。

三  再抗弁(一時使用)について

1(1)  本件賃貸借契約は、被告代表者が従前個人で本件土地を自動車置場と目的として賃借していたところ、被告代表者が被告を設立した際、本店事務所を建築する目的で締結したものであること、

(2) 賃料は従前月額一万一〇〇〇円であったが、本件契約では月額二万円となったこと、

(3) 右契約締結の際、被告代表者は原告に対し、横浜市の水道工事業の指定を受けるために本店事務所を建築する必要があり、指定を受けるための規模、設備の説明をし、原告もその旨了解していること、

(4) 本件賃貸借契約書は、昭和六二年の契約以来、一貫して表題が「土地一時使用賃貸借契約書」と、目的が「仮設事務所用地(但ブロック基礎とする)」と記載されていること、

(5) 被告は右契約締結後、本件建物の建築確認を申請し、その際原告作成の「土地使用承諾書」(乙第六号証の二)の交付を受けていること、

(6) 本件建物は昭和六三年三月五日新築として同月二四日保存登記されていること、

(7) 本件賃貸借契約はその後二度更新されていること、

は前記認定のとおりである。

2  右各事実に、成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第一ないし第四、第六号証の一、二、第七号証、第一〇号証、第一二号証並びに原告本人及び被告代表者の各尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。

(1)  本件賃貸借契約締結の際、権利金等の授受はなかった。

(2)  被告は、本件契約締結後直ちに本件土地に木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建の建物(床面積一、二階とも19.87平方メートル)一棟を建て、本店事務所兼資材置場として利用していたが、原告は右建物の規模、使用状況を知りながら、特に異議、苦情を述べなかった。

(3)  本件賃貸借契約は、昭和六二年一二月八日、期間を同月一日から同六四年(平成元年)一一月末日まで、賃料月額二万円とする約定で締結され、平成元年一一月五日、期間を同月一日から同三年一一月末日までとする契約が結ばれ、さらに同年一二月二六日、期間を同月一日から同五年一一月末日まで、賃料を月額三万円とする契約が結ばれ、それぞれその旨の契約書が作成されたが、各更新の際、原告から被告に対し、特に本件土地返還の申入れやこれを匂わす言動はなかった。

(4)  本件賃貸借に使用された契約書は、農協職員が用意した契約書用紙(これには前記表題や条項が不動文字で印刷されている。)に、適宜、必要事項を書き込んで作成されたものである。

3  右認定の事実関係からすれば、被告は契約当初から短期間に限って本件土地を借り受ける意思であったものではなく、一方原告においても早期に本件土地の返還を受けるべき予定も必要もなかったもので、その後の本件建物の建築とこれに対する原告の態度等を考え合わせれば、双方とも短期間で契約を終了させる意思の下に、すなわち一時使用の目的で本件契約を締結したことが明らかであるということはできない。

四  抗弁2(錯誤)について

1  成立に争いのない甲第三号証並びに証人松井豊秋の証言及び原告本人、被告代表者の各尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は、平成五年八月ころ、三万円の地代では採算が合わないことから被告に本件土地を明け渡してもらおうと決意し、被告代表者に電話したところ、これを拒否されたため、同年一一月初旬、訴外松井豊秋に、本件土地の明け渡し交渉を委任し、訴外松井は、被告代表者に、本件賃貸借契約の期間満了を理由に本件土地の明け渡しを要求した。被告代表者は、右訴外松井が建設業者で不動産取引の専門家であると考え、右訴外松井の言を信じて、被告に明け渡し義務があると考えた。訴外松井は、被告が本件土地を二〇〇〇万円で買い取る旨提案したが、被告代表者は、これを断った。

(2)  同月下旬、原告、被告代表者、訴外松井の三者で話し合い、被告代表者は契約期間満了による同年一二月の明渡しは無理である旨述べたので、右松井の提案により、被告代表者は、原告に対し、契約期間満了による明渡し時期を猶予する旨表示して、被告が平成六年五月末日に本件土地を明け渡す旨意思表示し、その旨記載した約定書(甲第三号証)を作成した。

2  前記のとおり、本件賃貸借契約は、建物所有目的であり、一時使用目的はないから、借地法二条一項により賃貸期間は平成二九年一一月三〇日までである。

3  したがって、被告代表者の本件土地を明渡す旨の意思表示は、その重要な部分に錯誤があったというべく、右明渡しの合意は無効である。

五  結論

以上の事実によれば、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安井省三)

別紙物件目録〈省略〉

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